文理・2

気違いではない。昔から、評論文を読むと腹が立つ。まず、偉そうな物言いにむかつく、何様だてめえは、こんな下らねえ中身しか書けねえ癖に。片仮名英語が多いので更にぶち切れ。「コンテクスト」とか、死ね。「文脈」「背景」で良いんだよ、阿呆が。使う必要性が皆無の英語を持ち出すので、苛々。

しかも、回りくどい言い回し。原稿のページ稼ぎだろうな。そんな下らねえ事に付き合わされるんで、猶更。しかも、大体、中身はすかすかで穴だらけ。結論も大した事を言っちゃあいない。反論したい事が山程出て来る。

で、これの解説が怒りを上乗せ。これを採用して参考書にしている訳だから、基本的に、文に対する賛美しかない。ここで反論が用意されていれば溜飲も下がる物だが、それがないので、俺の怒りゲージはマックス。このやり場のない怒りは物に当たるしかない、って訳だ。

こんな文にいちいち反論を書くのも愚かだしね。世間一般で大騒ぎになっていて注目度の高い話なら、俺も論戦に乱入しようと思うが、誰も読んでいない評論文になんて、反論の価値もない。寧ろ、反論する事でその評論文が注目されたりしたら困るし。なるべく多くの人に読んで欲しくない文だから。

こんな事を書いて思い出しただけで、またむかむかして来たからな。鳥がぴよぴよ言っているし、眠れそうもない。酒だ、酒。

(終)


満潮に近かったし、状況が余り良くなかったか。

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