【英会話は不要・7】試験改定反対

英単語も、日常生活に入り込んでいるしな。買い物一つに出掛けても、セール(sale)、レジ(a cash register、スーパーのレジは普通、check-out counterだけど)、レシート(receiptreceive「レシーブ」の派生語)。

家の中を見渡せば、パソコン(personal computer)にマウス(mouse)にエアコン(air conditioner)、shower, toilet, bed, sofa、もう、きりがない。ここまで来たら、英語は学ばなけりゃあならないだろうな、とは感じる。

日本語とは異質な文化、ってのも面白いしね。中国語だと、漢字は共通だし、かつて日本も儒教文化にどっぷり浸かっていたから、やはり共通点は多い。

その点、英語圏との付き合いはまだまだ短いからな。奴らの、キリスト教と言うカルトに染められた気違いの頭の理解には、英語学習はそれなりに役に立つよ。

昨今の、コミュニケーション能力中心の英語学習に対しては、俺は強く反対している。センター試験でリスニングなんて、不要。スピーキング能力、つまり、英会話能力だが、こんな物を英語の試験に出す必要もない。

英会話が必要な人間がどれ程いるのか、と言う事は既に書いた。商売上必要な人だけがやれば良い話。

それに加えて、英語の知識と言うのは、また別。大学などで課す試験は、英語の知識を問う物であるべき。単語や文法の知識、読解出来てそれを訳せる能力、英文を書ける能力、この程度で十分。

それは、英語を学習する目的が、英米人とコミニュケーションを取る為ではなくて、奴らの思考法を理解する事にある、と俺は考えるから。簡単に言えば、教養の一つに過ぎない。

(続)


久米島空港そばのビーチ。はっきりと飛行機の離着陸が見える。

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