省みる・2

自由を気取って生きているのに、こんな暦と言う下らない同調圧力で、それに屈して、それに基づいて行動している、この事実に向き合った時に、どう仕様もない諦めを感じる。

その癖、社会に属していると言う奇妙な安心感。ここに気付いてしまった時に起きる、自分自身への憤怒。アウトロー気取りがきっちり枠内。何の殻も破れない。

折角の休み、外で派手にやろう、って思っていたのに、景気付けにちょっと家で始めたら、色々考える内に、自分の内側へ。外で人と話すより、こんな年の瀬、自分の内面と向き合おうかな、そんな気分になって、今ここ。

こう言う気分自体が枠内の思考。阿呆が、そんなのに捉われるな、反発しろ、って言う悪魔と、良いんじゃん、偶々そう言う気分になっただけで、捉われているとか考える方が寧ろ捉われているよ、って言う天使。

このどっちも違う。こんな葛藤すら起きなくなってこそ。そうなったら人格者になるだろうか?人格者と呼べるのだろうか?分かる筈もなく。

取り敢えず、色々と変なのとか課題を抱え込み始めたので、心を広く、それを目標にして置きましょうか。そして、来年こそはこんな区切りを感じる事もない様な、自由を。

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神社はでかい。大概歩かされる。古来よりのメタボ対策か。人類の知恵。

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