平家伝説

崎原海岸、の続き。

そして、資盛は加計呂麻島に、有盛は名瀬に、行盛は龍郷町に、それぞれ居城を構え、源氏の追手に備えた。現在それぞれの場所に彼らを祀る神社があり、伝統的祭祀も行われている。その為か、奄美大島には「平」姓が多い。

平家の家臣の一人、蒲生左衛門は、岬に屋敷を築き、源氏の追手を見張ったという。そこから、この岬は蒲生崎と呼ばれている。屋敷が現在の蒲生神社ということだ。これらの話は伝承であって、真実かどうかは定かではない。

人が来ないからか蜘蛛の巣が張っている。蒲生神社の方は森の中だったので、ハブも恐ろしいし、行かず。展望台だけ見た。確かに見晴らしは良い。北側、西側だけでなく、山を越えて島の東側、南側も見える。これは見張りに最適だ。

島の南側まで見えるのは、龍郷町と笠利町の接続部分付近が砂州のようにつながっていて、標高が低いから。ここは隕石が落ちたような丸い湾になっており、奄美クレーターと呼ばれている。地質的には否定されているが。

先へ。集落を抜けて山道を行き、笠利崎へ。用岬とも言われる。「夢を叶える亀さん」の像がある。沖縄でもある、海の彼方にある神の国の伝説、つまりニライカナイ伝説、それはこの奄美にもある。「ネリヤカナヤ」と呼ばれているが。

一説によると、この伝説が内地に伝わり、浦島太郎と竜宮伝説になったとか。そこから、ネリヤカナヤ伝説のあるこの地に、浦島太郎と亀の像がある。触れば願いが叶うとかいうオカルトはどうでも良い話だが。

(続)

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