教育論・2

躓きをする事が、教師としては大事。なぜそこで躓くのかが理解出来なければ、教えられない。だから、教育者は凡人であればあるほど良い。凡人で、沢山自分自身こけ捲って、沢山痛い目を見て来た人間じゃないと、教育は出来ない。

だから、教師って肩書は、はっきり言えば、恥ずかしい。自分は無能で沢山失敗をして来たから、後進がそうならない様に今頑張って教えています、って事だから。

それに、もしこう言う失敗をしていないなら、そいつは教師としては無能だし。失敗の数が勲章みたいなもん。教師である事は、自分は大して才能はありません、って言う宣言で、且つ、これを踏み台にする事で更なる高みへと行けますよ、って事を売りにしなけりゃならん。

青は藍より出でて藍より青し、とある。これは当然よ。自分以上を作れてこそ、それが教師の勲章。自分以下とかしか作れないんだったら、やめたら、この仕事?って感じ。意味ないじゃん?教える事の意義って、何?

教師こそ、恥の塊であるべき。教える立場で偉そうにしているからって、格好付け過ぎ。教師って時点で恥なんだって、皆隠しているけど。上に行けなかったんだから。だからさ、もっと正直に、行こうぜ。

(終)


魚群。

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