紅茶ハイで思う事・2

これだけあちこち飲み屋に行っているけど、高い店には余り行かんしな。沖縄にはそう言う店は少ないと言うのはあるが。それに、あちこち行くのは、味ってのはそれなりに必要だけど、経験値、って感じ。新鮮さを求めて、ってのが強い。

初めて食う食材、料理、そう言うのが面白い。食は好奇心だね。不味そう、ってのは良くない。食って、うん、不味い、これが大事。チャレンジしないと、予想外の美味さに出会う事もない。

料理法だってね、最近、島辣韭のバター炒めに出会って、こんな食い方もあるんだ、しかも結構行ける、って発見があった。料理は想像力、発想が大事なんだな。後、面倒臭がらない事。俺には後者がないのでちょっと無理。

連想は出来るから、島辣韭でなくとも、葱をバター炒めにすれば似た様な味になる筈だし、結構行けるんじゃないかとは思うのだが、自分でやる気はない。面倒。島辣韭だってね、美味いんだけど、あの皮剥き、自分でやるとなるとかなり面倒だからな、そのせいで家では食えない。

今飲んでいる紅茶ハイも、出来合いで売ってたら良いのに、って思っている。氷出して酒入れて紅茶入れて、面倒。缶開けたらこれが楽しめる、そうなった方が嬉しい。だから、流行らないかなあ、とか言っている。流行ればそう言う製品が出て来るだろうし。

中々思う様に世の中動いてくれないもんだ。でも、もし思い通りに動いたとしたら、例えば、皆が紅茶ハイを絶賛してそればっかり飲む様になれば、捻くれた性格の俺は、飲まなくなる様な気がする。

なんで、流行に逆らいながら、不自由さを少し感じながら、生活しているのが丁度良い位なのかな、とも。不自由がなければ自由は感じられない。不満がなければ満足もない。「不」を楽しむ、そんな感じで。

(終)


犬のマリリン。

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