文語の意義

ここで書く事の意義を考える。これを話すだけなら10分の1の時間で済む。それを態々文語にする意義って何だろうか。残す為に他ならない。つまり、現世で評価されなくて良いって事。

その覚悟がない奴が書く文は糞。売れたい、と思えば思う程、売れない。今を切り売りするなら、動画でも十分。youtuberで良い。

文を書く以上、後世に残す物を、って覚悟なんだから、それが出来ていなければ評価なんてされんよ。少なくとも、俺はしない。つまり、ニッチで余りに極端で、絶対に一般受けしないであろう事こそ、文として残すべきなんだ。

だから、世間から不評であればある程良い。今を切り捨てて、後の世に訴えるべき物なのだから。確かに、昔は違ったかも知れん。本ぐらいしかマスメディアがなかった時代には、今を動かす為に書いた本も沢山あっただろう。

現代ではどうか。今を動かすのに本は不要。リアルタイムの発信が出来るのだから、動画で流す方が遥かに理に適っている。ツイッターでも良い。

それを態々、纏まった文にすると言うのならば、その意義がなければならない。それは何だろう?俺には、後世に残したいから、それしかない。こう言う芸。今の評価は全く不要。

数百年、数千年後、そこでも評価されなくても良い。ただ、生きた痕跡を残したいと言う事か。貝塚みたいなもんだな。

識名園。俺はあんまり趣味ではないな。
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