ロジハラ・2

と言う事は、子供と話す場合に必要なのは、議論で打ち負かす事ではなく、誘導してやる事になる。そして、子供とは?となるね。ここを読んでいる様な捻くれた奴らならば、自分以外は皆餓鬼と思っているんじゃないか?

自分以外は下郎、と考えるならば、その下郎にはもう少し考えた接し方をしなければならない。論破が必要なのは飽く迄も対等以上の関係の場合であり、関係が対等以下の場合には、上の者には下に対する接し方を考える義務が存在する。

これが「ロジハラ」なる物が存在する原因なのだろう。相手が対等以上の敵であり、今後協力関係になる事もない、と言うならば、徹底論破が正しい。

だが、そんな相手は多くの人間にとって存在しない。この平和な日本では協力関係を築いて行くのが基本だろうから。今日の敵も明日の友、親であれ嫁であれ子供であれ友人であれ同僚であれ、その関係は長い。

結局、論破ってのは不必要、と言う事だ。相手を自分が望む方向に動かす事が目標であって、相手のやる気を削ぐと言う事はどんな議論も目標にはしていない。

自分の意見の賛同者を増やす、自分の思い通りに人を動かす、これが議論の目標となる。となれば、相手に「ロジハラ」と言われると言う事は、自分の議論の展開に問題があったのだと考えた方が良い。

このビーチに行った事はあるので、こんな感じのイメージではあった。

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