ジキルとハイド・2

どっちかと言うと、俺は後者が恐ろしい。俺の構成要素は全て人の意見なんじゃねえか?吹聴された誰かの受け売りだけで生きているんじゃねえのか?特にこの情報化社会では、これはかなり疑わしい。危険度が高い。

すぐに汚染される。テレビを見ずとも、パソコンや携帯を弄っていれば侵入して来る悪性ウイルス、猛毒で繁殖力も強い。外界をシャットアウトするのも問題だけど、オープンにし過ぎるのはやばい。

8-2から7-3位で、後者でオープンするのがバランスが良いかな、なんて思っている。外界に目を向けつつも、常に自分の入口で検閲をして、自分の統制下に。それが自我だ。流されて失うのも、閉じ篭もって何も見えなくなるのも違う。

この鬩ぎ合いってのが生きるって事でもあるだろう。こんな大仰に言わずとも、皆経験して知っているし、想定内だろう。偉そうに言っているこっちが恥ずかしい。

何にせよ、こう言う2面性は人間の性みたいなもんで。しかもしょっちゅうこれが入れ替わる。ここは咎められなくても良いのかな、って。

裏切りは、やられた方は到底許せる物ではないけれど、隙あらば常に相手に仕掛けてやろうと自分も考えているのは間違いなくて、御互い様。

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鯉の餌はばくばく食っていた。

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