省みる・1

仕事納めになった。出歩く気は満々だったのだが、いつもの店が既に年内の営業終了。じゃあどうしようかなあ、と考えたのだけど、これと言ってなく。外に行かずとも良いか、自省しよう。

1年の終わりの様な時に新規開拓で飲み歩くのもなんだかなあ、と思う。思ってしまう。別に、今日と言う日は特別でもなんでもなく、只、暦の上で特殊なだけなんだから、そんな意識を持つ意義は全くないのだが、こう言う社会規範に縛られてしまう。

俺もまだまだ、本当の意味では自由ではない。こう言う束縛を抜け出せてこそ、真の自由。暦が変わるから何なんだ。暦って、誰が決めたんだ。その、良く分からない暦と言う存在に縛られている。

別に時の流れに、20172018の境目が、自然に、設定されている訳ではない。どこかの誰かが、昨日までは2017、明日からは2018と設定しただけの話で。そいつの手の平で泳がされている。釈迦の手の平で踊る孫悟空。

実に下らない。でも、こう言う風習が出来たのは、それなりに理由がある。自分の人生が長過ぎるんだな。どこかで区切りをつけて、目途をつけて、短期的な目標がないと、やって行けない。

人間は所詮、自分の人生を俯瞰出来ない。7,80年程度しかないのに、それを最善に割り振る事がいかに難しいか。無駄な事ばっかり。飲んであっという間の事はしょっちゅう。

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鯉の食欲は凄いらしいが、与え続けたらどうなるのだろう。

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コメント

  1. ミチヲ より:

    自分の実家でも池で鯉を飼っていたんですがあいつらは、満腹中枢がないらしく、死ぬまで食べますよ!実家ではドッグフードを与えてたんですが死ぬまで食べるのでガキの頃は永遠餌を与えて何匹も殺してましたね

    • 毒鼬 より:

      吐く機能は鯉には付いていないんかな?

      古代ローマ人だかでは、腹一杯まで食って吐いてまた食うってのが貴族の楽しみだったらしいが。

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