事件は現場・1

事件は会議室で起きていない事は確か。俺は確かに何にでも首を突っ込む頭でっかちの方で、まあこれは酒を飲んでの結果、絡みたくなるってだけ、で、そこまで知らない分野にはやはり躊躇する。醒めた後に、昨日何書いたっけ、うわ、ひでえな、この文、なんて事は良くある。

沢山他人の気分を害しているだろう。ま、そんな事を一々恥じていたら人間生きていられんな、自殺するしかない。生きると言う事は他の生物を捕食する事であって、自分が生きる事自体が他者には大迷惑だから。

どんな意見でも表明するのは勝手。只、そこに説得力を持たせる為には、タイトルの台詞が有効だろうなあ、とは思う。実存主義のサルトルが俺は大嫌いなんだけど、あれが正にこれ。

パリのカフェで、同業の頭でっかちの、本だけ、いわば霞だけ食って生きている、一応は学者と言う偉そうな肩書を持った、そんな連中だけと議論をして、世界を分かった気になっている。

これと対立していた構造主義のレヴィ・ストロースが、アマゾン川の奥地の部族とか、アメリカ先住民とか、そこに入り込んで生活を共にし、そこから人間に対する考察を得たのと比べると、サルトルは余りに薄っぺらい。

実存主義が一時期世界中で受けた事が俺には理解出来ない。正に机上の空論。現場が頭にない。

理想の教育論とか英語論とかは、大盛況。本も沢山。良いよ、別に、言うのは勝手。只ねえ、会議室から偉そうに言っているだけじゃあ、誰も聞かんよ?

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沖縄の銀次は最高に美味いよ。内地のパチモンとは全然別なんで、宜しく。

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