教育欲

前の続き。

人生は確かに、いつも競争ではあるけど、一生涯、全ての人間を敵とみなして生きる人間はまずいない。子であれ、弟子であれ、必ず自分を伝えようとする。

つまり、一切の塩を送ることなく、完全利己で生きる人間はいるはずがない。それに加え、表現をして伝えたい、他人に認められたいという欲求が誰しもある。これは教育欲とでも呼ぶべきものか。

偉そうに講釈を垂れることで自己満足しているという面もあるだろうが、何にせよ、利他的に行動をするという本能があるわけで、それを実感できるだけでも幸福感はある。

こんな、パイの奪い合いの毎日の職業で生きていると、そういうこと、普段はないからね。こういう感情によってこそ人間性を感じられる、ということ。そういう面でも、この職業って糞だわw。

ただ、本当に能力があって出来る人間ほど、この教育欲は少なく、俺のような中途半端なのがこんなことをやるw。本物は偉そうにする必要がないからねw。

教えることで自己を顕示する必要がないわけで。極論をすれば、教師をやっているようなのは全部二流。本物は最先端を走るから。人に教えている暇なぞない。

青は藍より出でて藍より青し、ってのは当たり前。二流である教師ぐらい超えられなければ、その先はない。

ネット全般を見ても、教育欲って強いよね。ヤフー知恵袋、2ちゃんなんかが顕著。利己主義ならば、人に情報を与える、書き込むという行為は、ミスリーディングの為でもない限り、実に愚かなはず。

が、こんな金にもならないことをしちまう輩がたくさんいる。それは人間に教育欲があるという証拠と言えるだろう。

ということで、敵に塩を送る愚者の戯言を書き連ねたw。賢者はせいぜい利用してくれw。無論、所詮愚者の言葉、割り引いて聞くべきなのは言うまでもないw。

ま、賢者に忠告の必要はないかw。というか、賢者はこのページにアクセスしないんだけどねw。

(終)

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