20110311・その6

こんな時だからこそ、いろいろな手助けに心配。感謝の言葉もないが、せめて形に。

連絡をたくさん頂いた。みな心配してくれて有り難い限り。沖縄の親戚の二方、福島の親戚三方、乃崎、田之上、吉見。とうに別れた泉美。さやにきよ。この場を借りて礼を申し上げる。

沖縄の親族には今後も世話になることになる。父方の祖父、祖母が沖縄の出身で、親族とは言ってもかなり遠い間柄。俺自身、数年前にこちらに来て初めて顔を合わせたぐらい。

親父は学生時代からの付き合いがあるらしいが、それもとうの昔。それなのにいろいろな手助けをいただいて、いくら感謝しても足りないぐらいだ。

不思議な縁だ。爺さん婆さんは戦前に沖縄を出てテニアン島に入植。グアムやサイパンの近くの島だ。そこで暮らしていたが、戦争により婆さんは子供を連れて福島に疎開。

爺さんは兵として借り出され、南の島で、隊の生き残り2名として命からがら逃げ帰る。その後縁もゆかりもない福島にて生活を始め、婆さんと生涯を全うした。

そして、その子孫が再び沖縄へ。血の因果か、故郷の重力か。

弟もいざというときは役に立つ。俺が連絡を取れるまでは頻繁に状況を教えてくれた。

福島の親戚なんかは、本人達も大変だろうに、わざわざこちらの心配まで。東京の連中も混乱のさなかだよな。頑張ってくれ。

デブに泡島。邪魔になるだろうから連絡はしないが、出番だぜ。ろくに眠れねぇ日々だろうが頑張れ。誰がなんと言おうが、国を守っているのは間違いなくお前らだ。

俺もできることをするしかねぇ。こんな時に、と思われようが仕事に行くぜ。できるだけ稼いで、それで親や親族を助けるしか手はねぇんだからな。

皆頑張れ!!!

(続)


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