【和食58】洗脳と教育

旧コラム

洗脳と言うと非常に印象が良くないが、洗脳と教育、線引きは非常に曖昧。定義をすれば、洗脳では、相手の意志を操作する際に、暴力や監禁、薬物投与など、犯罪行為が伴われる。

似た言葉にマインドコントロール、があるが、こちらは心理操作だけで、犯罪は伴わない。異議はあるだろうが、俺は教育とは、このマインドコントロールの積み重ねであると考えている。

洗脳と教育、表面上の違いはこの通りだが、教育においても洗脳とさほど変わらない場面はたくさんある。言っても聞かない子供に手を上げることもあるだろう。体育会系のクラブ活動などでは顧問による体罰も当たり前にある。

子供の意志に関わらず義務教育と称して学校の教室に軟禁することも、見方によっては洗脳の際の監禁と変わらない。つまり、暴力などの犯罪行為が教育の場面にもある訳で、その点では洗脳との違いは無い。

結局この二つの違いは、怪しい政治結社や宗教団体が行う悪い洗脳が「洗脳」で、親が、学校が、国が行う、良い洗脳が「教育」、となる。つまり、善悪の違いでしかないから、個々人の判断に拠り、変わってしまう。

怪しい政治結社の人間は、自らの思想が善であると思っているのだから、自分たちの行う洗脳は「教育」で、この悪の国家が行う教育と称されているものこそが「洗脳」である、となる。

(続)

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