英語の意義

コミュニケーションとは基本、敵対から始まる。この考えは結構気に入っているし、俺自身が英語をやっている理由でもある。英語をやっていれば英米シンパ、んな事は全くない。俺は敵としか認識していない。

一般論から言えば、英語を学ぶ意義、基本は、他国の意見を取り入れる為。翻訳を待つのでは余りに遅い。常に発信されているのだから。

また、それを鵜呑みにする危険性が常に付き纏う。自分で原典に当たらないのは危ない。他人のフィルターを解する事になるから。そこに恣意的な事をやられる危険性がある。

ってのが一般論だけど、俺は全然違うなあ。アメリカにもヨーロッパにも行きたくないし。海外旅行、グアムだけ。全く興味がない。ネットで見れば十分かな、景色とか。

敵は知る必要があるだろう。この世が日本語だけになるならそれで大歓迎なのだが、そうはなりそうもない、少なくとも俺の生きている間は、ならばこの世の流行りも知っておく必要がある。

そんな程度なんだよ。特にそれ以上でも以下でもない、実に他愛無い動機。学問って、こんなもんで十分。何か役に立つからそれを学ぶ、余りに弱い動機。役に立たないならやめるって事だから。

何の役に立つか知らんけど、自分は好きだから、これは強い。俺も、只、自分の能力をアップして置こうか位の適当な理由、これが何の役に立つとか知らん。

人はまず動く、何らかの良く分かん理由で、その後に、理由付けするだけの事だ、こう言う理由でやった、後付け。だから、考えなくて良い、後の事は、幾らでも付け加えられる。

その結果は知らんけど、多分大体付いて来る。世の中温いからな、中々死なせてくれないもんよ。

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