垂れ流し・7

泥酔中なんで、長々と。

本音でない文を書く事に何の意義があるだろうか。そう言う文を書くと言う事は、自分が本当に世に出したい文ではないけれども、金の為だけに出す文、って事だよな。そんな文を読む意義があるだろうか。

最近思うのは、商売誌程そう言う金の為であるのだから、逆に、無料の所で読める物を書いている奴の方が遥かに気概があるのかな、と。

俺自身、全く、書く時に金の事は頭にない。ただただ、どうしても言いたい、書きたい、それに突き動かされてここがある。実際、全然読まれていない。だが、その事実が俺の書く気を削ぐ事は一切ない。読まれても読まれなくても、書く。ただ、俺が書きたいから。どうしてもこの世に言いたい事が山程あるから。それが尽きないから。

ここだって一切金にならん。でも、書く。黙っていられないから。誰一人読まなくても、書く。そんな事で俺の精神は折れないね。世界が俺一人になっても、書く。書きたいから書く、表現したいから書く、それだけ。

こんな糞みたいな物書きの俺でもこんな気分になるし、実際書いているし、これを考えると、儲からないとかで筆を置く奴の気持ちが分からない。いや、そうしてくれるなら寧ろ良い。そんな気持ちで書いて欲しくない。そんな程度の覚悟で文を書かないで。それを読まされる方の身になれよ。どれだけ時間を無駄にさせられるか。

書く奴は、この世の露と消える事を覚悟すべき。誰の目にも止まらなくても仕方ない。只々、自分の本能のままに書くだけ。不幸なまま死ぬかも知れないが、それで良い。不幸の方が良い。切れが出て来るからな。この世に満足した奴の文とか、読む価値がない。

人生、常に強烈な不満を持つべき。成功者の話なんて只の自慢話よ。認められない奴がそれをぶつけるからこそ生き生きとする。

書くって事は戦争だ。喧嘩を売る為に書く。只々、本能の赴くままに。売れたいとか、邪念が入った物は紛い物だね。誰一人、分かって貰えなくても良い、こう言う覚悟があれば、著作権とか、間違っても口には出来んわ。そんな発想が出て来ない。


座間味の展望台から。静止した様な海が美しい。

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