【新しい表現を・1】上限と上眼

パチの話も飽きて来たんで、別のを。結構前の話なんだが、書きそびれてこの状況。今更ながら書いて見る。

ある日、記事を推敲していて気付いた。「上限」と書くべきところを「上眼」と書いてあって、これ、今まで投稿する前に何度も見直した筈だけど、ずっとスルーしちまっていたんだな、と。

パソコン上だと、上限と上眼、見分けがつかん。最近のフォントはアンチエイリアスとかで綺麗に表示されるから良いけど、それでも、「限」「眼」、左の「辺」だけの違いだから、気付き辛い。PC上で見ると小さいからね、猶更。

人間の感覚は都合が良い物で、こう言う微妙な違いはスルーして、「上眼」と書いてあっても、文脈から勝手に「上限」と解釈する。寧ろ、こう言う事が出来るのが人間の偉大な能力なのだと思う。コンピューターはがちがちに考えてしまうから、こう言うファジー的な思考は難しいだろう。

ちょっと前だが、平仮名の羅列文が話題になった。簡単な単語の場合、最初と最後の文字があっていれば、途中の順番が入れ替わっても読めてしまう、と言う物。リンクを踏んでくれればすぐに分かる。広告にイース8とかあって、へえ、今8なんだ、俺は3までしか知らんな、とか調べて非常に無駄な時間を使ったのは内緒だ。

それは兎も角も、こう言う、良く見れば間違っている語順であっても何とかなってしまうってのは、人間の思考の柔軟性を表している。

(続)


同じ写真ばっかり続くのは、俺が選ぶのが面倒なだけ。

適当に撮った奴を適当に載せているだけ。

選ぶ作業は想像以上に面倒。

垂れ流す方が楽。

スポンサーリンク
336280
336280

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Evernoteに保存Evernoteに保存

フォローする