【年末管巻き・8】殺意の有無

何かの裁判で思った事だったか。殺意の有無なんて曖昧な物で刑罰を決めるって結構腑に落ちない。

「おらあ!」と言って殴り掛かって殺してしまった場合は、殺意はなかったで通り、過失致死。が、「ぶっ殺す」と言って殴り掛かった場合は、明確な殺意があるので、殺人。

ちょっと納得行かないよね。「ぶっ殺す」ぐらい、気合の掛け声の一種。「つもりで」が省略されていると考える事は十分に出来る。と言うか、これぐらい補えなければ世の中回らない。

上司が「明日までに死んでもやって来い」と言って、それが出来なかった部下が自殺した場合、上司に責任はあるだろうか。最近の裁判の流れ的に、有罪になり兼ねないのが恐ろしい。

一生懸命だろうが不惜身命だろうが、やばい言葉になる。必死も。こう言う線引き、俺は反対。傍から見る事が出来ない内面を刑罰に考慮するのは違う。

「殺す」と「死ね」も違うらしい。前者には明確な殺意、後者はそうなってくれたら嬉しいと言うだけの願望であって殺意ではない、と。これで納得出来る奴、日本国民の過半数でいるのかね?

気違いっぽく支離滅裂な事を言っておけば、心神耗弱。全然重さが違うから、何かしでかすならこの方向で行くのが良い。

もしパチ屋で暴れて台をぶち壊しまくろうと思うなら、「ホラーが俺の中に入って来て牙狼を殺せと俺に命令した」と言うのが良いだろうな、御勧め。

(続)


もうすぐはての浜。

浅くなって来た。

透明度は抜群。

良い色だ。

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