【みよし・5】344と104

「みよし」の話に戻そう。このパチ屋が入っている建物は、ちょっと変わった形をしている。上から見ればコの字型。そのパチ屋の建物に囲まれている所にはかつて家があった。これが鳩親父の家。

必勝ガイドで話として取り上げられていた事もあったので、知っている人は結構いるかも知れないな。ガイドの出版社は馬場にあるので、この辺は奴らの地元だから。かつ、当時編集長だった大崎一万発は早稲田卒なので、この「みよし」にもかつてはそれなりに通っていたはず。

ガイドの編集部のすぐそばにある「トーヨー」、今は「TOYO104」とちょっと洒落た名前になったが、この店は、編集部から一番近いパチ屋で、奴らも所詮パチンカス、ここに毎日の様に通っているので、誌面でも名前が出る事が多かった。

「みよし」はこの系列店。こちらも今は「MIYOSHI344」って名前になった。早稲田から高田馬場近辺のパチ屋は、俺ぐらいの世代の人間は、入った事はなくても名前ぐらいは聞いたことがある人が多いかも。誌面で紹介されるから、全国区。

昔はネットなんてなかったんで、パチ関係の情報源は「ガイド」か「マガジン」。「必勝本」は、スロットの人気が出てからなんで、もう少し後。「マガジン」の編集部は飯田橋、「ガイド」が馬場。

「マガジン」の方が、アラプロがいるんで、数字面では強いし信頼出来る。手持ちの減算値判別法を生み出したのもこちら。読み物としては、馬鹿馬鹿しい「ガイド」の方が面白かったかな。

(続)


久米島、イーフビーチホテル。

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コメント

  1. なつ より:

    我々の頃は、編集長は確かスエイだったような気がします。
    スエイ、フィーバーロイヤル、東陽会館のセットですかね。

    読まなくなる直前に石橋だったような記憶があります。

    当時はマガジンは試行回数が少ないくせに数字を掲載し次号あたりで修正していたので信用はしていませんでした。
    ガイドのほうは、下村?だったかこんな苗字の解析人がいてマガジンより1月早く掲載されていたので専らこっちでした。

    やっぱり、「ケも無し」ですかね??

    • 沖島毒鼬 より:

      ああ、そうですね、末井でした。大崎はまだ平の編集部員だったかもしれません。

      東陽会館の釘はそこそこ良かったですね。まあ、ガイドの連中は知識はあるんで、競争になるのも面倒なんで、俺は近場の「みよし」で打っていました。

      マガジンは、スロットの人気が高い時代になってから数字の信頼性が高くなった様に思います。

      田山さんは、読み物としては面白いですけど、役には立ちませんからねえ。安田の方が、役には立ちます。

  2. なつ より:

    しかし、後にも先にも読者に向かって、

    お前らゴキブリ向けの記事を後から書いてやるから、並んで口開けて待ってろ!!

    みたいな毒鼬スタイル無いんでしょうね。

    • 沖島毒鼬 より:

      媚びを売って目立って小銭を稼ぎたい、って奴しかこの業界のライター業なんてやりませんからね。

      多分、大手だったらクレームの山ですぐに打ち切りだったはずです。マイナーサイトだったのが幸いしたのかと。