【英会話は不要・6】英語を学ぶ意義

英会話なんかで義務教育の貴重な時間を使うぐらいなら、数学をみっちりやって思考力を鍛えてやるとか、歴史に時間を掛けて思想を形作るとか、法律を勉強させて世の中の仕組みを理解させるとか、スポーツに打ち込ませて体を作るとか、音楽や書道で教養を高めてやるとか、そっちの方が遥かに重要だろ、って事。英会話ばっかりに時間を掛けている暇なんてないんだよ。

国際社会を担う子供たちに英会話を、とか、うんざり。欧州なんて完全に落ち目だし、せいぜいアメリカと付き合う為ぐらいだ、英会話の必要性なんて。寧ろ、そんなに国際社会とか喚くなら、中国語会話の方が良くないか?

日本に来ている外国人なんて、現状、圧倒的に中国人ばっかりなんだから。多くの日本人にとっての国際交流とは、主に、中国人だ。ところが、中国語会話を義務教育でやろうなんて話は、全く聞こえて来ない。何で?

結局の所、明治以降の脱亜入欧の思考に凝り固まって、大して現状を考慮もせず、英会話英会話、喚いているだけだ。いやいや、違うだろ?義務教育でやる事なんて、他に腐るほどあるだろ?って事よ。

まあ、英語を勉強する事自体は悪くはないと思っている。高校受験・大学受験などで英語を課す事はありかな。

明治以後、奴らの考え方がこの日本にも沢山入り込んでいるから。政治体制そのものが、奴らからぱくった物。となると、奴らの思考方法、つまり、その言語、これを学ぶ事には意義がある。

大学に行こうと言う人間ならば、最低限、教養の一環として、英語ぐらいは読めないと困るかな、とも。

(続)


不細工なシーサーだな。

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