【英会話は不要・3】放り込まれりゃ、何とかなる

人間の時間は有限だ。餓鬼の頃に英会話を熱心にやらせるならば、その分、他に出来る事が減る。英会話に掛けた時間のせいで、生物学者になる道も、メジャーリーガーになる夢も、断たれるかも知れない。

日本語能力も落ちる。当然だ。英会話に掛けた時間を日本語に注ぎ込んだならば、その分日本語能力がもっと上がったであろう事は明白。だから結局、日本語と英語、どちらを重視したら良いのか、と言う問題になる。

英会話なんて、使わねえんだよ。この日本では、9割以上の人間が、ね。俺がここまで生きて来て、どれだけ英会話を使ったかと考えると、人生の1%もない筈だ。

そりゃあ、海外に赴任している様な連中なら、全然違うだろう。でも、どうよ?餓鬼の頃から英会話をやってたらなあ、とか、思う?思った?

大学受験に合わせて慌てて勉強しただけなのに、無理矢理そう言う環境に放り投げられて見ると、数年程度で問題なく英会話は出来る様になった、そんな感じじゃないか?

ジョン万次郎とか、大黒屋光太夫とか、例があるからな。彼らは外国語なぞ勉強した事は全くなかった。漂流の結果、外国船に拾われて、必要に駆られて、全く零から会話を学んだ。無教養な人間でも、そう言う環境に放り投げられれば、会話ぐらい何とかなる。そんなもんだ。

勿論、早くから英語をやって置けば、その分、意思の疎通はもっと高いレベルになるだろう。でも、そんな重要な事かね、英会話って?寧ろ、思考の根底を作っている教養とかの方で、勉学が足りなかったなあ、って後悔、ない?

(続)


また暫く、なつさんからの戴き物の写真を。一緒に久米島に行った時の。久米島空港。

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