怒りと寝食を共に

身近な体験から言えば、周囲が怒れば怒る程、自分は冷静になる。無論逆も又真で、いや、これ論理学的にはまずいんだろうけど、周りが冷静に宥めて来ると、こちらの怒りは増す。

人の話は基本的に聞かないので、聞いた振りをしているだけで、実は全然知らん、全部馬耳東風、だから、皆がどうなのかは余り分からんが、こうじゃないかと勝手に思い込んでいる。

これがもし真実であるとすれば、自分の心の平静を得たいのであれば、常に周囲に怒りがあればある程良い。そんな状況がリアルにあるのは流石に勘弁して欲しいとは思うだろうけど。

仕事柄、最近評論文を読む機会が多い。これはある意味では精神安定剤だな、と思った次第。そもそも評論文とは、怒りの文だ。この世に満足していたら筆を執る事もない。毎日面白おかしくどんちゃん騒ぎで過ごせば良い。

それを引き篭もって、パソコンを叩き付けて文を紡ぐ。そこには強烈なこの世への不満がある、そうでなければこんな事、やってられん。俺だってそうだからね。

つまり、評論文は読めば読む程その怒りに触れられる、そして、最初の前提が真であるならば、読めば読む程冷静になれる。心の平穏が訪れる。この仮説、結構正しい気がするので、御勧め。

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