どうでも良い・2

こんな話は幾らでもねたになるし。それだけでも投資した価値はあるってもんだ。だから、拘りなんて、出来るだけ少なければ少ない程良い。

自分でも色がねえな、って思う。独自色を出したいとか、ちょくちょく思うんだけど、良く良く考えて見ると、そんな色、ねえや。大抵の話題で、どうでも良いや、ってなるから。

論文の書き方って、常に両方を用意して置くのが基本。その上で、組みし易い方について相手を論破する、こう言う形を取る。これがもう自分の基盤になってしまっているから、常に2択のどちらも用意する。

自分の中で議論を戦わせる訳だけど、どっちも用意しているんだから、常に引き分けになるに決まっている。いや、こっち側かなあ、何てのはあるよ、でも、そこ迄強くない。別に、どっちでも良い、って思っている。

だって、俺が何か出来る事でもねえ話題が多いし。例え出来たとして、ほんの僅かな事だけ、それこそ、投票の1票程度だから、結局、別にどっちでも、となる。

政治的apathyとか良く叫ばれるけど、本当の所はこれだと思う。政治が難し過ぎて自分はもうどうでも良いや、ではなくて、只単に、どっちになろうが自分はそれに対応するだけ、こんな気分なんじゃねえの、皆。

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