これからは書く・3

管巻き
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これは自身の為にもなる。何かで読んだ話だが、もう、沢山読んでいるから何が出典とか一々分からんが、トラウマの様な傷から立ち直る為には、書く事が一番良いらしい。

人に話せば楽になるとは良く聞くが、実は、全然効果がないらしい。話すと言うのはその場の思い付きと言う面も確かにあるから、只話して聴いて貰うだけでは、自分の内面と向き合う事がないからなのだろう。

書く、と言う事にはそれなりに思考が付随する。しっかりした文にする為には、それなりに論理が通る文にする為には、少し立ち止まって考えなければならない。

一切の推敲をせずに書く奴もいまい。まあ、最近のツイッターとかじゃあそうでもねえか。それでも、少しは内面と向き合う部分はあるんじゃねえかなあ。

俺自身は、恥ずかしい文はやはり書きたくはないと思うから、恥ずかしい人生を生きているけどもね、で、やはり文がそれなりに筋が通った物にはしたいので、この際に、自分の中の反論と向き合う機会が出来る。

もう1人の自分との対話、みたいな。これが、書く事が心の傷を解消する事に効果がある理由なのではないかな、と。結局、自分の事は自分で解決するしかない訳で、書く事はその内省の機会になる、と。

奥間かな?

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