【打ち切り16】 善く生きること

いや、小賢しい俺が議論で喋れば、上辺で理屈をこねくり回して何とか言い逃れは出来るだろうけど、でも、自分で自分を騙すことは出来ない訳で。自分が間違っていることが、自分で見えている。それを直視していないだけだ。

この二つの自分についている嘘、ここで書くこと、打って勝つこと、この、間違っているとわかっていながらやっていること、その前者一つが消える。少し正直になれる。だから、気分が晴れる、ということ。

決断が人任せ、成り行き任せ、と言うのがいかにも俺らしい。別に、コラム、嫌なら辞めれば良かっただけ。だが、目先の小銭で、決断をせずに、3年もだらだらと続けて来た。

打ち切り、と言う外部からの要因によって、ようやく一つ動き出せる。いつまでも決断が出来ない、モラトリアム人間だからこそ、こんな生活を続けていられるのだけれどもね。

だが、もう一つ、後者の嘘も、いずれ、蹴りをつける。そうしなければ、ならない。今すぐ、は無理だろう。何とか、数年以内には、との目論見を立ててはいるが、俺の性格とこの酒の日々、歩みは遅々となることは間違いない。

古代ギリシャの哲学者ソクラテスは、幸福とは「善く生きること」、と言った。ただ生きるのではなく、「善く(よく)」生きることが重要である、と。では「善く生きる」とは何なのか。それは「魂の配慮」である、と彼は言う。

(続)

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