【和食44】動機説

行動の結果が同じであっても、その動機を問題にするのがカントの動機説。沖島の行動は定言命法に従っている。定言命法と言うのは、一切の条件が付け加わらずに、「常に~すべし」と言う命令のこと。

「女子学生がいようがいまいが、弱者は常に労わるべき、常に老人には席を譲るべき」、こういう普遍的な法則に基づいて行動することには道徳性がある、とカントは考える。

横島の行動は仮言命法による。仮言命法とは「金を稼ぎたいならば~せよ」と言う、条件付きの命令のこと。「女子学生にもてたいならば、席を譲れ」と言うのは、「~ならば」という条件が付いているわけだ。

逆に言えば、「女子学生がいなければ老人に席を譲る必要はない」、と言うこと。このような仮言命法による行動は、結果的には良い行いになったとしても、それは適法性しかない。

適法性とは、行動の結果だけを見れば道徳的とは言えるが、その動機を考えれば道徳的とは言えない、偽善、ってことだ。このように、カントは行動の際の内面、つまり、動機こそが重要だ、と考えた。

これをまとめた言葉が、「汝の意志の格率が、常に同時に普遍的な法則として妥当し得るように行為せよ」。難しそうだけど難しくないよ。「格率」だけだな、問題は。パチンカスの大好きな「確率」じゃないよ。

(続)

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