田舎にも変質が必要

旧コラム

前の続き。

「都市の空気は自由にする」という中世ドイツの言葉がある。これは封建的な地方から都市へ逃げ込んだ農奴が1年と1日経てば解放され自由になると言う意味で、これも端的に都市の自由さと、田舎の束縛性を表している。

だから、地方の衰退、集落の消滅、これらは加速して行くだろう。それは老荘思想が自由主義思想に敗れた結果とも言え、単なる表面的な社会の変質ではなく、イデオロギーの変質と言うパラダイムシフトの結果だからだ。

人間は、田舎の「ウェット」な関係よりも、都会の「ドライ」な方を好む。これは全世界的な潮流でもあるので、田舎が現在の形のままで残ることは不可能。ならば、田舎にも都市的社会への変質が求められる、と言うこと。

郷に入れば郷に従え、と言う。確かに外から来る人間にこの姿勢は必要であろうが、迎える方もこの言葉を盾に胡坐を掻いていて良いものでもない。少なくともそれは観光客を呼び込もうと言う態度ではない。

島の発展の為に観光客を、引いては移住者を、呼びたいのならば、迎合も当然必要にはなって来る。「田舎は田舎のままで良い」、このような態度を改めない限り、その田舎は生き残っていくことは出来ないだろう。

そろそろやめようか。こんなところで何を長々と書いているんだ、と言う話ではある。簡単に言えば、ラジオ体操で朝の6時半に叩き起こされてむかついた、と言うだけのこと。それをちょっと理論武装しながら書いてみた。

(続)

コメント

PAGE TOP
タイトルとURLをコピーしました