職は表現

運に逃げるな、の続き。

「自分は引きが強い」って言っている奴の方がまだまし。これは謙遜だからな。自分の実力で勝っているものを、「いやいや、たまたま、運が良かっただけですよ」と言っているのと同じだから。

逆に「自分は引きが弱い」と言うのは、「結果は出なかったけど俺の実力は凄いんだぜ?」と虚勢を張っているに過ぎない。こんな格好悪い人間になりたくなければ、引けなくても歯を食いしばって、「引きが弱い」という言葉を封印しろ。

俺は人に「いい引きしてんな」とは言わない。それは侮蔑だから。「実力はないのに運で勝ったね」と言っているのに等しい。逆に「引きが悪いな」と言うのは、そういうことだ。認めていないとこうは言わない。

ちょっと話題が逸れたが、パチプごとき職に哲学や誇りなんざあるか?、と問われれば、普通はないだろう。だが、笑ってくれて構わんが、俺にはある。この稼業をやることで「世界に対しての表現」を行っている。

それは一言で言うと「自由」だ。人間の多くは会社に就職して毎日労働しなければならないと思い込んでいる。常に社会、世間体、そんなものに縛られている。まさに奴隷根性だ。

だが、世界にはそんな生き方しかないわけではない、ということを俺は体現している。常識に対する反発と言っても良い。「働かない」という選択肢があっても良いんじゃないか。自分が働きたい時だけ働く、これで良くないか、という提案。

(続)

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