パチプロ哲学

能書き精神編、の続き。

この稼業をやっていれば必ずぶち当たる壁、それが「自分はいつまでこんなことをやっているんだ?」という疑問。毎日パチやスロを打っていれば、「こんな糞みたいな人生を送っていて良いものなのか?」という疑問は必ず生じる。

その時に自我が崩れてしまわない為の、こういう疑問を打ち破る為の理論武装が今まで書いて来たものだ。自分のパチプロ稼業を正当化するもの。大仰に言うなら、「パチプロ哲学」。

どんな人間も、職に対してこういう哲学を持たないとならんと思うよ。自分の職に対して誇りを持てない、自分を卑下することしかできない人間は、生きている、とは言えない。毎日毎日がつまらないはずだ。

労働が受動になるとこうなる。「仕事って糞だなあ、なんで人間働かなきゃならないんだろうなあ」なんて毎日思っていれば、そりゃ月曜日に首を括るか新小岩で飛び込むことになるよ。自分の意志がなく生きているからだ。

学校も同じだね。自分の意志で行くからこそ意味がある。単に義務教育だからと言って仕方なく通っているだけだから、多くの人間は勉強などしない。諸君らもそうだっただろう?ただ人から押し付けられてもやらないもんなんだよ。

労働は能動であるべき。「自分はこういうことをやりたい、世界をこう作りたい」という意思表示が本来の労働の形。その為には自分の職に対しての誇り、哲学というべきものを持たねばならないだろう。

(続)

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