士農工商の時代錯誤

職業に貴賤はない、の続き。

職業は全部同じだ。どれも下らないと言えば下らないし、逆に、金を稼げるという点で素晴らしいと言うなら、その賃金に多寡は有ろうがどれも等しく素晴らしい。金を支払われる以上、そこに価値はあるのだから。

しかし、世の中には人を貶めることで自分を立派に見せたがる卑賤な奴らがどうしても一定数いて、職業差別が蔓延っている。身分制度なんてない現代でもこうだからな。時代錯誤も良い所だ。

江戸の士農工商、穢多非人から何も抜け出せていない。屠殺を身分の最下層である穢多にやらせて、作られた皮革を平気で使う不思議。現在でもそう。誰かがやらなければ肉も食えないし皮革製品も製造できないのに。

現代の日本に未だに残る同和問題はこれ。まあ、根幹は確かにそうなんだけど、この問題はまた別に面倒ではある。こいつらがいつまでも差別を盾に利権にしがみつくという、糞みたいな人間どもであることもまた事実である訳で。

それはそうと、どの職業にも貴賤はない。公衆便所の掃除だって誰かがやらなければならないし、総理大臣もそうだ。個々の人間の能力には当然差は出来ようが、職業自体にはどちらが優れているなどということはない。

風俗だって俺は世話になっているんだし、差別はしない。いや、やれもしない眺めるだけのアイドルなんかより、娼婦の方が俺にとっては遥かに意義がある職業だとすら言える。ただ、どちらにも優劣を付けたりはしない。

(続)

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