西郷南洲謫居跡

前の続き。

龍郷町で「西郷南洲謫居跡」というのが目についたので寄ってみる。謫居(たっきょ)とは、罪により流されて移住を命じられることだ。流謫(るたく)とも言う。

一応有料施設で値段は200円だったか。西郷が奄美にいた時に住んでいた家がそのまま残されている。これは現在個人の私物で、この所有者で、すぐ隣に住んでいる爺さんが解説をしてくれる。

1859年、薩摩藩の家臣として尊攘運動を行っていた西郷を、安政の大獄による幕府の追及の手から隠す為、薩摩藩は西郷を奄美大島へ潜居させた。再び薩摩藩に召還されるまで、この島に3年間滞在した。

その間、この地の名家、龍家の娘、愛加那と結婚した。愛加那というのは愛称で、本名は龍とま、後に龍愛子という。そして長男菊次郎、長女菊草(後に菊子)を儲けた。

当時の薩摩藩には島妻制度というのがあり、西郷が薩摩に帰った後は、二人の子供はその制度に従い西郷本家に引き取られることになった。だが、島妻である愛加那は島を出ることは許されず、この地に一人残された。

その為、愛加那は西郷を恨んでいた、という説もあるそうだ。西郷は薩摩に帰って再婚し、子供も儲けている。愛加那の長男菊次郎は後に2代目京都市長を務めた。

西郷が去った後、この家で愛加那は一人暮らした。二部屋ほどの小さい家だが、そこに様々な資料が飾られている。説明してくれた爺さんが所有者なので、爺さんは龍家の人だと思われる。この龍家の郷だから、龍郷町か。

(続)

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