3000人に降伏した島

旧コラム

前の続き。

1600年の関ヶ原は東西双方8万以上。10万とも。まあ、これは国を二分した決戦だから、これと琉球の兵力を比べるのは酷ではあるが。

ついでに。船で海を渡ってきた元寇は?1274年文永の役、モンゴル軍の兵、3万から4万。1281年弘安の役、14~15万。日本軍は6万ぐらい。これを撃退できたってのは本当に神風だね。

島津の琉球侵攻の350年前でこれ。島津も3000人しか出さないって、相当舐めてかかっていたな。島津は武田、上杉ぐらいの兵力はあっただろうから、ちょろっと出兵して脅しに行ったぐらいのもんだね。

かくして琉球王国は終焉を迎えた。島津の兵わずか3000人に下ったわけだ。3000人な、3000人、大事なことなんで何回も書くよ。しかも2週間ぐらいで降伏している。この島、国としての体を成していなかったんだろうな。

こう考えると、沖縄人のプライドとか、ねえよ、ねえ、蟻の足先ほどもねえわ。3000人に降伏したへたれの末裔だ。俺にもその血が流れているんだけどよ。ああ、そうか、だからこうなっているんだな。

ぼちぼち、元の話に戻そうか。この「むら咲むら」はその大河ドラマの跡地を利用して作られたテーマパーク。昔ながらの街並みを再現している。そこにあるいろいろな建物の中に体験工房がある。

(続)

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