適当に

前の続き。

そんな風に思っていたこともあったな、という記録にはなる。こういうのは、後で見直して、自分の思考をトレースできる。人間生きていれば考え方もだんだんと変わっていくものだし、これはこれでいいんじゃないか。

俺自身は、元々真面目すぎる嫌いがある。こんな生活をしている奴のどこが真面目だ、という突っ込みは承知しているが、性格って餓鬼の頃に形作られてしまうからな。そういう教育を受けて来たので、真面目ではあるよ、本当に。

毎日のように酒を飲んでいるのは、このせいでもある。要は、素面の自分が嫌い。自分の素面の人格を、今昼間から飲んで酔っ払っている俺が評するなら、簡単に言うと、狡い。こすい、ね。

常に損得勘定があって、計算高い理詰めの行動をする。これがなけりゃスロットで食うことなど不可能なのだから、必要と言えば必要なのだが、こういう部分を毛嫌いしているもう一人の自分がいる。

こんな性格の奴はつまらねえな、と客観的にも思う。細かいことにはこだわらず、もっと情があって、器も大きくありたい。こういう、大将的なカリスマがある人間の方が遥かに魅力がある。

残念ながら、俺の素面の性格はこうではない。酒が脳の損得勘定の計算を止めてくれるから、こういう醜い自分を消せる。酒によってカリスマ性まで出せるかと言えば、それは無理な話ではあるが。

だから、ここで書くのも、もっと不真面目に。もっと適当に書かないと。その分、毎日書くようにしよう。毎日飲んでいるんだから、毎日書いて然るべきではある。

このコラムでは、酔っ払っての管巻きという本質を忘れてはならないな。大体、それなりの給料だし。それ相応の文を、ということだね。

(終)

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